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オンラインの善意

 前日ヤフオクで落札したボリュームペダルが到着。思ったよりきれい。というか保証が切れている以外、ほぼ新品。梱包もとても丁寧。

 今まで何度もヤフオク利用しているが、まだ詐欺的な相手にあったことはない。全員が迅速かつ分かりやすい対応で、ストレスフリー。そしてマージンがないだけ安い。

 去年の情報ネットワーク第一(だったかな確か)という授業で面白い話があった。オンラインオークションは善意で成り立っているという話だ。ディティールは忘れたが。なんかその時ちょっと感動したことを今日思い出した。

 まぁやろうと思えば自分で複数アカウント作って架空の評価つけあって、信頼持たせて高額商品出品して落札されたらとんずら、なんて全然できるもんね。でもそんなめんどくさくて美しくないことは誰もしたくないはずだ。

 来週にはこれまたヤフオクで落としたくるりのDVDが届くはず。アンテナ期のツアードキュメンタリーの。




 今日は昼に研究室行って計算機にちょっと命令して印刷機に印刷させて、頭と右手をちょっと使って、これから命令させる戦略と技術を考えた。5限出て、そのあと続きやって、帰宅。良くも悪くもない一日であった。
 
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セカンドディケイド

 
 今日は研究室で試験勉強。研究室は輪講がないときは大抵誰もいない。10畳ほどの立方体の部屋の僕だけだ。

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 この研究室は今年できたばっかだし先生はきれい好きだし、研究室の中は綺麗。壁も机も真っ白だし、部屋のド真中にベージュの布のソファーと木の机がある白い立方体の箱。僕だけなら空調も自由に調節できるし自分の家のPCよりハイスペックだし快適で贅沢だ。

 ただ、会話する人間がいない時間が長いとたまにさみしくなる。若干会話に飢えている自分がいる。でもそのぐらいがちょうどいい。なぜなら、自然と考える時間が増えるから。その考えることえというのはその時によって違うけど、最近は一昨日くらいに書いた日記の内容と、それから、自分が感じている事に自覚的になろうとして、今何を感じたのか、なんでそう感じたか、どういうものにそれと似た物を感じるか、ってことを考えている。

 向井秀徳が「分厚い大学ノートが鉛色に埋まっていく」と例えた感じが、今やっとわかる。



 昨日くらいに梅雨が明けたらしく、文句のつけようのない快晴だった。研究室は横浜の、矢上という丘の上にある六階建ての建物の最上階で窓は東京方面に面している。こういう天気の日は、180度、地平線というべきか建物平線というべきかを見渡せる。そんで、右前方に小さく東京タワーが見える。この状況で思うことは「東京にいるなー」ということである。正確には横浜だが。なぜなら、僕の地元の長野県では回りを山に囲まれているから、水平な直線を見渡すという体験を幼少期にしていないからだと思う。

 勉強の合間、(といっても本日はさほど集中できず捗らなかったのだが、)あまりの天気に良さに窓を開け音楽を聴きながら5分ほどボーっとした。何度も言うが本当に天気が良かったのだ!

 その時、なぜか、自分の大好きな先輩との1年くらい前の会話をふと思い出した。

 先輩「アツシ、今なんかつくりたいものとかあるん?」
 僕「今、こーゆーのやりたいんすよ。でもコレコレここをやる手段が今なくって、まだやってないんですけど」
 先輩「でも「つくりたいものあるってええな。」

 全然真面目な雰囲気じゃなくむしろどっちも気だるい雰囲気で、先輩としては、彼の優しさからちょうどいい感じの、間を埋めるための会話だったのかもしれん。が、しかし、僕はその時すごく嬉しかったんだと思う。そんなことを脈略なく思い出して、今日も改めて「確かにそうだよなー」と思った。

 自分の周りの若者の何人かは「俺30位で死んでいーわ」とか言う。人によってその数字は30だったり50だったりするが、その数字はともかくとして、僕もたまにそう思う。それはたぶん、そのくらいの年齢の時には、今なんとなく自分にあると思い込んでる(もしくは言い聞かせている)可能性みたいなもんがなくなってて、惰性だけを食料にする生物と化しているんじゃないか、という恐怖からくる嘯きなんだろうと思う。

 でも今日は50くらいでも「つくりたいもの」があれば生きていけるかもなー、と思った。少なくとも僕はあと10年くらいは生きられると思う。たぶん。

 要するに非常に当り前の日常の中で、当り前の事を自分の中で確認した休憩時間だったんだと思う。

 

メランコリック

 
 今日は日中、研究室に籠った。我々の研究室は機械学習というものをテーマにしているらしく、下の本が教科書的なものである。

集合知プログラミング集合知プログラミング
(2008/07/25)
Toby Segaran

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 ①勉強したい、おもろい、興味ある分野に関してこれからガンガン知識と技術を身につけて行くことは素敵な事ジャン!と思ってる自分
 
 と、

 ②「道における移動」で例えるとして、その理想を、「自分の前にはほとんど誰もいないハイウェイをスピード出して走る状態」とするとしたら、自分がまだ靴も履けてない状態であり、今から靴の履き方から学んで、重たいドア開けて、ゆっくり歩き方覚えて、、、、という現在の自分を認識して、もうそんなの結構可能性限りなく0に近いし、21歳を超えた今、刻一刻とその可能性は0に近づいていく訳なんだし、意味あんのかねぇ・・・と思う自分

 僕は①でありながら、かつ同時に②でもあって、教科書を読み進めた。

 この①としての自分と②としての自分は自分が生活の中で行うさまざまな事象に存在していて、折り合いの付け方に未だ悩んでる。
 
 まぁ悩んでいるなんて言うのは明らかに大げさで、全くもって悲壮感のない漫然とした堕落であって、ガツガツ飯も食うし夜はぐっすり眠るし、鼻糞もほじる。そのくらいの図太さは持ち合わせている。つまるところ私は凡人なのである、と自分に言い聞かせてしまっているのとほぼ同値の状態である。これはあまりいいことだと言えない気はしている。

 そして夜はK-1を観戦させていただいた。緊張した。格闘技に関して、非常に強く思うことがある。が、今は面倒くさいので省く。

 日本全国どころか、youtubeなどを通じて全世界の人が見る、超一流の格闘家たちが、初めて格闘技を始めようとした時、①の自分と②の自分はいなかったのであろうか。 その時の年齢や性格や精神力で②の自分を蹴散らして、自分の前にはほとんど誰もいないハイウェイを走る現在の状況を彼らは勝ち取ったのだろうか。はたまた②の自分なんて感じないことがいわゆる「才能」なのであろうか。

 なんてくだらないことを、観戦後、ふと思う。

 そうこうしてるうちに、今日という一日はメランコリックな気持ちのまま終わってしまった。最悪、というわけでは決してない。しかし、やはり「自分の前にはほとんど誰もいないハイウェイをスピード出して走る(様に少なくとも僕の眼には映る)状態」にいる人々の日々からはかけ離れた一日であったことは確かである。

 こうして頭の中の雑然とした中から、ポイントを決め、それ以外のことを一旦無視して文章化する事を久しぶりにして、悪くないと思った。書いていて、信頼している先輩と話をしたくなった。

 明日のパワポの資料まだ完成せず。一旦寝て夜明け前に起床して仕上げる、というプランはすでに立っている。①と②の折り合いはつかぬまま、僕は明朝、そのプランを遂行することであろう。



 
 
 

梅雨の初期

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 昨夜は研究室にて輪講のあと、友人と自宅でホームページづくりの勉強をそこそこストイックな様相で行った。僕は「画家」という自分が参加しているバンドの、友人はゼミのを作らにゃならぬという事で。

 画家の方はずーっと前からがんばってホームページ作れるようになるんで作らせてください!っつって、何パターンかやってたんだけど、結局基礎の基礎みたいなとこからちゃんと覚えて、WEB標準に準拠したページをつくんなきゃ結局見づらいしダサいし、ダメなんだなーと思い、htmlだとかCSSだとかって言葉を初めて聞くような人が買うべき初心者を買ってきて、最近また新たに作り直してる。今まではタグ名で検索したり、web上の「html入門」みたいなページみてあーでもないこーでもないやってたんだが、やっぱつぎはぎの知識で、初めてちゃんと入門書の端から理解してやっていくと、今まで抜け落ちてた知識が多いと気づかされる。体系的に学ぶ方が楽しいし覚えられるし、良い。

 
ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)
(2006/02/07)
梅田 望夫

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 何年か前にベストセラーになった、(最近何かと話題の)梅田望夫さんのweb進化論で「これからはwebでいくらでも勉強できるし、大学の価値はどんどん薄れていくと思う」というような主張があったと記憶してるが、確かに一理あるが、やはりwebだけでガンガン知識吸収していける人って少ないだろうし、体系的に勉強したいときにはwebより講義やらワークショップやらの方が便利な場合も多いよなーと思う。今回の体験が自分にとってはいい例で。

 そんなわけで数えてみたら今まで試行錯誤の中で作った画家ホームページは現時点のも合わせて5パターンも作ってた。結構な量の素材と時間をかけて。無駄とは言わんけど、最初から素直に入門書買ってたら効率的だったのに、といったところである。

 写真は自分のデスクトップ(win)と友人のMacBook。やっぱ比較するとMacっていたる所が洗練されてる。グラフィックのみならず操作性も。今の大きめのモニタは気にいってるから卒業前にお金貯めてMacMiniとMac用のCS4アカデミック版購入しようかな~などと夢想する昨今。ただ自分はかなりいろんなフリーソフトを重宝してるのでそこが結構ネック。Macに乗り換えた方にそこんとこドーヨって聞いてみると多くの人が「Boot Campがあるから大丈夫」的な意見が帰ってくることが多いけど、それってなんかせっかくMacにしたのに・・・みたいな何とも言えない残念さを勝手に感じてしまう。まぁどっちにしろ買うにはだいぶお金が必要ですが。

 いづれにしろ目標としては大学卒業までにちゃんと時間作って読んで手動かして、html+CSS → それ+javascript → それ+actionscript とマスターしてって、オールフラッシュのかっこいいサイト作れるようになる!やるのだ。

 

惰性で飛び出せ

 
名称未設定-1


 初めてTOEIC受けた。説明も入れて3時間くらいの間、広い教室に老若男女入交り、全員お互い他人、会話なし。久々に緊張感があって久々に集中した気がした。日常に緊張感が足りないと思わされた。

 んで帰って、知り合いから以来された仕事を行う。知り合いの方が秋から海外で働くらしく、向こうに渡す資料のようなものの紙面デザインみたいな?これも引き続き久々の集中を持続して終える。



 その方海外で働くって聞いた時は「ほーすげーなー、かっこいいなー」と漠然と思った。し、なんか将来海外で働くのってよくない?とか思ってTOEICとか受けてみようと思ったんだけど。よく考えたら何で俺は明確な目的もなく海外で働くのいいなーとか思ったのか。

 ひとつは欧米コンプレックスというやつではなかろうか。敗戦に象徴される黒船以来の欧米に対する鬱屈したコンプレックスを直接体験した世代、の次の、それを解消すべく猛然と働いた団塊の世代の次の、さらにその次くらいのわれわれの世代も、形は違えど持ってるかも知れん、欧米コンプレックス。

 もうひとつは、明確なビジョンもなく、なんとなく今の惰性の日々からどこか違うトコに行けるんではなかろうかという漫然たる予感ではなかろうかと思った。それは様々な事に言えていて、あの素晴らしいコミュニティーに所属したらなんとなくいつの間にか鮮度の高い日々になってるかも知れんという予感。しかし、そうして新しい場所をおとずれ、そこをまた惰性の色に塗りつぶしていく結果になってしまったら、それこそが惰性の極地極地。



 やっぱ日常に緊張感が足りないという結論に戻った。

 みたいな感じのことをぼーっと考えながらスーパーまで行って帰ってきたら、いつの間にか5月が終わっていた。まずい。
 
プロフィール

rt258593

Author:rt258593
2つの場所でギター弾いてます。長野生まれ長野育ち、18歳から上京し、2011年ジャカルタ、インドネシア生活を経て2012年現在東京在中。

tane
tane myspace
ギターとトラックと映像、リアルタイムサンプリングとそのエフェクトとループによる曲構築。

画家
画家web

各国の民族楽器(三味線、ピン、ドゥンドゥン、ジャンベ、ウィンドチャイム、ボンゴ、ティンバレス、コンガ、銅鑼、カホン、ディジュリドゥ他)と5種の管楽器、そして、ギターやベース、キーボードやドラム、更にスタイロフォンやテルミンといった電子楽器、床やタライやバケツといった音の出る器、果てはヒューマンビートボクサーすらも内包した、純然たる無国籍無秩序音響派楽団。腹には一物、胸には野望を秘めた連中が、イイ匂いのする仲間を募り、募られた仲間はまた仲間を募り、募り積もって、公園で音を鳴らし始めたところに、端を発す。性別、年齢、職業、国籍、趣味嗜好、及び楽器の経験や所持は問わず、あまりお互いのことを知らないままに、同世代の気のイイ輩が集結。演奏の技術よりも、音を鳴らすことを楽しむことを優先し、メンバーや担当楽器は流動的。

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